2016年論文が開けない扉|LNチャネル署名と秘密鍵の8年格差
ビットコインを取引所に預けたまま、「ライトニングネットワークで秒単位の送金ができる」という話を聞いたことはないだろうか。便利そうだと感じながらも、どこか遠い話に聞こえるなら、それは正直な感覚だ。取引所保管のままでは、この技術に自力でアクセスする経路が、構造的に存在しないからだ。
ビットコインが抱えた限界と、2016年の回答
ビットコインのメインチェーンが処理できるトランザクション数は、毎秒約7件だ。Visaが毎秒数万件を処理するのと比べると、桁が二つ以上違う。2015年前後、この制約はビットコインコミュニティで深刻な議論を呼んだ。ブロックサイズを拡大するのか、根本的に別のアーキテクチャを模索するのか——方向性をめぐって鋭く対立が続いた。
その渦中の2016年、Joseph PoonとThaddeus Dryjaが「The Bitcoin Lightning Network」を発表した。オフチェーンでのペイメントチャネルを活用し、メインチェーンを混雑させずに大量の取引を処理する設計だ。二者間でビットコインをロックし、チャネルが開いている間は何度でもオフチェーンで送受信でき、最後に結果だけをメインチェーンに書き込む。2018年に実用稼働が始まり、以来8年間、ライトニングネットワーク(LN)は実際の決済インフラとして動き続けている。
チャネル開設が要求する「署名権」
LNを利用するには、まずチャネルを開設しなければならない。チャネル開設は、ビットコインのオンチェーントランザクションとして記録される。そこには秘密鍵による署名が必要だ。
セルフカストディ——ハードウォレット等を使って自分が秘密鍵を管理している状態——なら、この署名をいつでも自分で実行できる。ウォレットを操作してチャネルを開設し、すぐにLN送受信を始めることができる。手数料を数十サトシに抑えながら、数秒以内に送金を完了させることが現実になる。
取引所に預けている場合、秘密鍵を保管しているのは取引所だ。日本の資金決済法は取引所に顧客資産の分別管理を義務付けており、これは法的な所有権の問題ではない。問題は操作権だ。署名できるのは鍵を持つ取引所だけであり、あなたが「今すぐチャネルを開きたい」と思っても、取引所がそのサービスを提供していなければ、その選択肢は存在しない。
取引所がLN機能を提供しているケースもある。しかしその実態は、取引所が秘密鍵を握ってチャネルを開設・管理しており、ユーザーは取引所のLNサービスを「使わせてもらっている」にすぎない。取引所のサービス変更や障害が起きれば、その影響を直接受ける構造だ。
2018年から積み重なる8年の差
2018年の実用稼働から8年。セルフカストディ保有者はこの間、LNを継続して活用できてきた。
具体的には、メインチェーンの承認待ちなしに数秒以内で送金が確認され、手数料は数十サトシ——場合によっては1円以下——で済む。ルーティングノードを運営してチャネルを中継すれば、手数料収益として報酬を受け取ることもできる。NostrでのZap送金や小額決済など、LN上に広がるエコシステムにも自力で参加できる。
手数料高騰の局面で取引所保管者がオンチェーン送金の高い手数料を待つしかないとき、セルフカストディ保有者はLNで迂回できる。この差は価格の話ではなく、インフラへのアクセス権の差だ。
2016年の論文は、スケーラビリティという技術的な問題に答えを出した。しかしその答えを受け取れるのは、秘密鍵を自分で握っている人に限られる。PoonとDryjaが数式で解いた制約は技術的なものだったが、その技術を実際に使う権限を得るためには、秘密鍵がどこにあるかという一点を変えるしかない。
ビットコインの歴史は、こうした差を静かに積み重ねてきた。まず一歩として、取引所のビットコインをハードウォレットに移し、秘密鍵を自分で管理することから始めてほしい。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
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