現物を持った者だけ生き残った1922年|BTC取引所保管の本質的リスク

1922年のウィーンで、最も真面目に生きていた人たちが、最も大きなものを失った。

第一次大戦後のオーストリアでは、政府が戦費と財政赤字を補うためにクローネを刷り続けた。増刷は止まらず、流通量が膨らむにつれて通貨の価値は底へと溶けていった。1922年までに、クローネは戦前比で約99%の価値を失った。銀行に預けていた一生分の貯蓄が、帳簿の上で事実上ゼロになった。

被害を最も大きく受けたのは中産階級だった。医者、教師、職人といった人たちだ。彼らは銀行制度を信頼し、コツコツと貯金していた。間違った判断をしたわけではない。当時の基準では最も合理的な選択をしていた。その合理的な選択が、構造的な理由によって彼らを裏切った。

現物を持っていた人は違う結果を迎えた

この事件で命運を分けたのは、資産の「置き場所」だった。

農地、不動産、金貨。現物として手元にあったものは、クローネの価値が崩れても消えなかった。通貨の価格表示が変わっても、土地の境界線は動かない。金貨は紙切れにならない。物理的に手元にある資産は、制度への信頼が崩れても存在し続けた。

一方、銀行預金は帳簿上の数字だった。その数字に意味を与えていたのは、制度への信頼だけだった。政府がクローネを刷り続ける限り、その信頼の根拠は溶けていった。銀行が営業している間は問題が見えなかっただけで、資産の実質価値は毎日少しずつ消えていた。

この構造が今日、ビットコイン保有者に繰り返されているとしたら、どう感じるだろうか。

BTCは印刷できない。だが取引所保管では話が変わる

ビットコインの発行上限は2,100万枚だ。どの政府も中央銀行も、この数を変える権限を持たない。プログラムに刻まれた上限であり、誰かの意思決定で変更できるものではない。1922年のオーストリア政府がクローネを刷り続けたような行為は、ビットコインに対しては原理的に不可能だ。

しかし、取引所にビットコインを預けている間は、この設計の恩恵を完全には享受できていない。

取引所があなたのBTCを管理している間、秘密鍵はあなたの手にない。取引所のサーバー上のデータベースに「あなたの残高」として記録されているだけだ。正常に機能している間は問題が表面化しない。だが取引所の凍結、経営破綻、規制当局による出金停止が起きた瞬間、あなたはBTCへのアクセス権を失う可能性がある。

日本の資金決済法では、取引所には顧客資産の分別管理義務がある。法律上の所有権はあなたにある。だが、アクセスできなければ所有権は実質的に機能しない。2014年のマウントゴックス崩壊後、顧客が資産を法的手続きを通じて取り戻すまでに約10年かかった。その間、ビットコインの価格は何十倍にも上昇したにもかかわらず、それを動かすことはできなかった。

崩壊はいつも突然に見える

マウントゴックスは崩壊前日まで取引を続けていた。FTXは崩壊する直前まで「安全な取引所」として機能していた。1922年のウィーンの市民も、銀行が正常に営業している間、そこに致命的なリスクがあるとは感じていなかった。

崩壊の予兆は、後から振り返れば見えることがある。しかし渦中にいる人には見えないことの方が多い。「今のところ問題ない」という事実は、「これからも問題ない」の根拠にはならない。

取引所への信頼は、1922年の銀行への信頼と同じ性質を持っている。それは信頼に値するかもしれない。問題は、その信頼が裏切られる瞬間まで、リスクが見えないという点にある。そして取引所の場合、「崩壊したら法的手続きで取り戻せる」という話にはなっても、「今すぐ動かせる」という話にはならない。

秘密鍵を持つという選択

1922年に農地や金貨を手元に持っていた人たちは、特別な先見性を持っていたわけではない。ただ、制度への信頼に全財産を委ねなかった。それだけの違いが、1922年の秋に決定的な結果をもたらした。

ビットコインにおける「手元に持つ」とは、秘密鍵を自分で管理するセルフカストディを意味する。ハードウェアウォレットを用意し、ビットコインを取引所から移し、シードフレーズを安全な場所に保管する。この手順は一度やれば、以後は取引所の状況に左右されないアクセス権をあなたが持つことになる。

取引所への信頼が揺らいでから動こうとすると、間に合わないことがある。1922年のウィーンの預金者が出金しようとしたとき、窓口はすでに混乱していた。秘密鍵を持つ決断は、今できる。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。

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