ニューヨーク密約と58社の署名|BTCを守った検証権の本質
2017年5月、ニューヨーク。世界最大規模のブロックチェーンカンファレンスが開かれていたその会場で、一枚の合意文書が回覧されていた。
Coinbase、BitPay、Xapo、Blockchain.info、BitGo——当時の主要取引所・サービス企業が次々と署名した。最終的に58社が名前を連ねたその文書は「ニューヨーク・アグリーメント(NYA)」と呼ばれる。その核心は明確だった。ビットコインのブロックサイズを現行の1MBから2MBへ拡大する。要するに、ビットコインのコアプロトコルを変更するという、企業間の密約だ。
あなたが使っていた取引所が、その部屋にいたかもしれない。
83%の合意が見落とした設計
NYAに参加したマイニングプールが管理していたハッシュレートは、ネットワーク全体の約83%に達していた。参加企業の中には、当時の取引量の過半数を占めていた大手取引所も含まれていた。
この数字だけ見れば、計画の実現は確実に思えた。過半数どころか圧倒的多数が賛成している変更を、誰が止められるというのか——そう感じた人も多かっただろう。
だがここに、根本的な誤解がある。ハッシュレートの多数決でビットコインのルールは変わらない。ビットコインのネットワークでは、フルノードがルールの最終的な検証者だ。マイナーがどれだけ多くのブロックを生成しようとも、そのブロックが既存ノードのルールに違反していれば、ネットワークは受け入れない。取引所の残高画面を眺めながら「多数決なら仕方ない」と思っていた人は、この設計原理を知らなかった。
個人ノードが覆した
2017年11月8日、NYAの推進陣営は計画の撤回を突然発表した。ハッシュレート83%という圧倒的な数字があったにもかかわらず、SegWit2xフォークは実現しなかった。
理由は単純だった。世界中の個人ユーザーが動かしているフルノードが、新ルールを拒否し続けたからだ。
ノードはすべてのブロックとトランザクションを独自に検証する。新ルールに従ったマイナーが生成したブロックは、旧ルールで動くノードから見れば無効だ。多くのノードが旧ルールを維持した結果、新チェーンには経済的な価値が生まれなかった。採算が取れないと判断したマイナーは撤退した。
この戦いを決着させたのは、企業でも規制当局でもなく、世界中に散らばった無名のノードオペレーターたちだった。その多くは個人ユーザーで、自宅のマシンでフルノードを静かに動かし続けていた。
取引所ユーザーは何ができたか
このとき、取引所にBTCを預けていたユーザーは何ができたか。
答えは一つだ——何もできなかった。
NYAに署名した企業の多くが主要取引所だった。フォークが強行されていれば、取引所の判断次第でユーザーの残高がどのチェーンに割り当てられるかが決まっていた。利用規約に細字で書かれた条項が、ユーザーの「ビットコイン」の行き先を決定していたはずだ。出金を止められていれば、そのチェーンを選ぶことも拒むことも、ユーザーにはできない。
一方、自分でフルノードを動かし、秘密鍵を管理していたユーザーは、どのチェーンのルールに従うかを自分で選択できた。その選択が集積し、83%のハッシュレートを背後に持つ企業連合の計画を覆した。参加する権利は、秘密鍵を自分で持っている者にしか最初から存在しなかった。
次の密約がいつ来るか
2017年の戦いは、ビットコインの設計思想が正しく機能することを証明した。単純な多数決では変えられない。ノードを動かす個人こそが、ルールの番人だ。
しかし、これを過去の話として片付けることはできない。量子耐性への対応、スクリプト機能の拡張、ブロック構造の変更——形は異なっても、「ビットコインをこう変えるべきだ」という提案は今後も繰り返し現れる。そのたびに、会議室で合意文書が回覧される場面が起きるかもしれない。次のカンファレンスで何が署名されるかは、誰も事前には知らない。
確かなことは一つだ。取引所に預けたままのBTCには、その議論に参加する立場がない。
自分のBTCが将来どんなルールの下に置かれるかを自分で決めたいなら、まず秘密鍵を自分の手元に取り戻すことから始まる。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
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