EU法で認められた預金強制徴収|ベイルインとBTC管理権

2013年3月15日の金曜日、キプロスの人々は普通の週末を過ごしていた。翌週月曜、銀行の窓口は閉まっていた。ATMは動いていたが、引き出せる金額は1日300ユーロに制限されていた。そして多くの人が、自分の預金残高が週末の間に書き換えられていたことを、その朝に初めて知った。

前日まで、何の告知もなかった。

「誰も知らなかった」ではなく「知らされなかった」

キプロスのベイルイン(預金強制徴収)が衝撃的なのは、金額だけではない。速度だ。EUの財務大臣会合(ユーログループ)が協議を進めていた期間、一般市民には情報が届かなかった。後に、富裕層の一部が事前に資金を国外へ移動させていたという報道が出た。

情報の非対称性が、誰の資産が消えるかを決めた。

最終的に、キプロス最大手ラーキ銀行の10万ユーロ超の預金から約47.5%が強制徴収された。選択肢はなく、拒否権もなかった。ただ数字が書き換えられた。銀行は約2週間にわたって閉鎖され、その間ずっと「手元にあるはずの自分のお金」に手が届かない状態が続いた。

2014年に法制化されたベイルイン条項

この出来事が「過去の異常事態」だと思っているなら、現実とずれがある。

キプロス危機の翌年、2014年にEUは「銀行再建・破綻処理指令(BRRD)」を成立させた。EU加盟27カ国に適用される法律だ。この指令が明確にしたのは、銀行が経営危機に陥ったとき、株主・債権者・そして一定の条件下では預金者が損失を分担する、という枠組みを制度として確立することだった。

キプロスは「例外」ではなかった。キプロスが「モデル」になった。

EUのBRRDは現在も有効であり、各国の国内法に組み込まれている。10万ユーロ以下の預金は保護対象とされているが、それを超える部分については、銀行の危機的状況次第でベイルインの対象となりうる。制度として存在する以上、次に発動されたとしても、それは完全に合法の手続きとして行われる。

日本にはBRRDに直接対応する制度はないが、預金保険制度の保護上限は1金融機関あたり元本1,000万円とその利息だ。それを超える部分は、金融機関が破綻した場合に全額保護されるわけではない。「銀行口座は安全」という感覚が、制度の実態を反映していない可能性がある。

取引所のBTCが抱える同じ構造

ここで問いを一つ変えてみる。

ビットコインを取引所に預けているとき、キプロスの預金者と何が違うのか。

法的には異なる部分もある。日本の暗号資産交換業者は、利用者の資産を自社資産と分別して管理する義務を資金決済法上で負っている。「取引所に預けたBTCが法律上あなたのものでなくなる」というわけではない。

だが問題の本質は所有権ではなく、アクセス権だ。

取引所がシステム障害を起こせば出金は止まる。経営危機に陥れば出金は制限される。行政処分を受けても、破産手続きに入っても、「動かす」という操作を実行できるのは、取引所がそれを許可したときだけだ。秘密鍵を自分で持っていない状態では、BTCにアクセスするたびに誰かの許可が必要になる。

キプロスの預金者が1日300ユーロしか引き出せなかったのと、構造的に同じだ。金額も速度も、誰かが決める。

「危機の前」にしかできない準備

取引所崩壊の事例は、2013年以降だけでも繰り返されている。マウントゴックス、Bitfinex、QuadrigaCX、FTX。いずれの場合も、出金が止まったのは経営破綻が明らかになった後ではなく、その前だった。利用者が「おかしい」と気づいたときには、すでに動かせない状態になっていた。

キプロスの住民が平静を保って週末を過ごしていた間、別の場所では資金の移動が始まっていた。準備していた者と、していなかった者に分かれた。

セルフカストディ──秘密鍵を自分で保有すること──は、取引所でも銀行でも、誰かの判断が介在する構造から外れるための唯一の手段だ。ハードウォレットを使えば、秘密鍵はデバイスの中に閉じ込められ、ネットワークにも他者にも触れない。送金の署名はあなた自身の機器の中で完結する。

今日、確認すべき3点

難しい技術は必要ない。以下の3点だけ確認してほしい。

  • ハードウォレットを公式サイトから購入し、自分でセットアップしているか
  • シードフレーズ(12語または24語)を紙または金属プレートに記録し、安全な場所に保管しているか
  • 実際に少額を送受信して、復元手順を一度でも確認したことがあるか

この3点が揃っていれば、取引所の状況に関係なく、あなたのBTCはあなただけが動かせる状態にある。揃っていなければ、どこかの誰かの判断を待たなければならない状態が続く。

2013年3月のキプロスで何百万人もの人が月曜日の朝に気づいたことがある。制度は予告なく変わる。そして変わった後では、取れる選択肢は大幅に減る。準備は平時にしかできない。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。

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