署名者はあなたではない|PSBTが証明する取引所BTC管理の現実

ビットコインを取引所から「送金」するとき、あなたは実際に何をしているだろうか。

金額を入力して、送金先アドレスを確認して、ボタンを押す。画面には「送金完了」と表示される。だがそのとき、署名したのはあなたではない。取引所のサーバーが、あなたの代わりに署名している。あなたは、一度も署名したことがないままだ。

署名なき送金は存在しない

ビットコインの送金は、秘密鍵による署名なしに成立しない。送金先アドレスと金額を指定するだけではトランザクションは動かない。対応する秘密鍵が「これは正当な送金だ」と証明する署名をして初めて、ネットワークに受け入れられる。

これは制度上のルールではなく、プロトコルが強制する数学的な事実だ。署名できる者だけが、ビットコインを動かせる。逆に言えば、署名する鍵を持たない者は、いかなる状況でも自分の判断だけでビットコインを動かせない。

PSBTが可視化した「誰が署名するか」

2017年、BIP-174としてPSBT(Partially Signed Bitcoin Transaction)が提案された。この規格が設計されたのは、ハードウォレットがインターネットに接続されたまま署名するリスクを排除するためだ。

PSBTはトランザクションの「作成」と「署名」を完全に分離する。オンラインのコンピューターでトランザクションを作成し、オフラインのハードウォレットに渡して署名させる。署名済みのデータをネットワークへブロードキャストする。この3段階により、秘密鍵はネットに一切触れずに送金が完了する。

この設計が暗黙の前提としているのは、「あなたが秘密鍵を持っている」ということだ。

取引所では署名する工程が存在しない

取引所に預けたビットコインの秘密鍵は、取引所のサーバーが管理している。あなたが「送金」ボタンを押すとき、あなたは取引所に送金の指示を出しているだけだ。実際に署名するのは取引所のサーバーであり、あなたの手元に署名する鍵は存在しない。

PSBTの構造と対比すれば、この非対称が鮮明になる。PSBTでは秘密鍵を持つ本人がオフラインで署名を実行する。だが取引所では、「あなたが署名する」という工程そのものが存在しない。送金の可否は、あなたのIDとパスワードで制御されているのであって、暗号学的な署名権限ではない。

署名権ゼロが現実になるとき

署名できないということは、取引所のシステムが稼働していることが常に前提になるということだ。

取引所が出金停止になれば、あなたには送金を強制する手段がない。アカウントを凍結されれば、署名の指示すら出せなくなる。日本では資金決済法により取引所は顧客資産の分別管理が義務付けられており、法律上の保護は存在する。しかしそれは、あなたが「いつでも署名できる」ことを保証するものではない。

2024年のDMM Bitcoin事件では482億円相当の流出が確認された後、出金が数ヶ月にわたって制限された。法律上の権利が認められていても、実際に動かせるまでの時間は、取引所の都合で決まる。

セルフカストディでPSBTは本来の姿になる

自分で秘密鍵を管理すれば、PSBTは設計通りに機能する。

ColdcardやJadeといったハードウォレットはPSBTを前提に作られている。トランザクションをmicroSDカードやQRコードで受け渡し、インターネットに接触させずに署名する。ハードウォレットの画面で送金先と金額を目視確認し、ボタンを押して承認する。秘密鍵はオフラインのデバイスの中に留まったまま、送金が完了する。

送金のたびに、あなたが署名者として存在する。これが「自分のビットコインを動かす」ことの本来の意味だ。

2017年から答えは出ていた

PSBTが提案されてから7年以上が経過している。この規格は「秘密鍵を自分で持つ人」のために設計されており、取引所に預けている人が使えるものではない。

取引所に預け続ける限り、あなたは署名者ではなく送金指示者に留まる。その差が問題になるのは、取引所側が何らかの理由で署名を止めたときだ。そのとき初めて、「自分には署名する鍵がなかった」という構造的な事実と向き合うことになる。

PSBTという規格は、ビットコインにおける署名権の所在を技術的に明確にした。今日からできることは一つ。ハードウォレットを手に入れ、秘密鍵を自分で管理すること。それだけで、あなたはPSBTが想定した「署名者」になれる。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。

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