Signalで守った会話、取引所が晒す送金|犯収法3か所の記録

SignalやBriarを使っている人がいる。メッセージを暗号化し、第三者には読ませない。その選択は正しい。

その同じ人が、取引所のアプリからビットコインを送金している。

この二つの行為の間には、多くの人が気づいていない溝がある。会話の暗号化と、お金の流れの管理は、まったく別の問題だ。

送金が残る3か所

取引所でKYC(本人確認)を完了した瞬間から、あなたの氏名・住所・生年月日は送金記録と結びついた。取引所が運営するデータベースには、送金先アドレス、送金金額、送金日時のすべてが実名と紐づいて蓄積される。これが一か所目だ。

相手が別の取引所を使って受け取るなら、受信側の取引所にも同じ構造の記録が保存される。送信元とは別の組織が、あなたの送金行為を把握することになる。二か所目だ。

2023年6月、改正犯収法(犯罪収益移転防止法)に基づくトラベルルールが、日本でも正式に施行された。国内の暗号資産交換業者間でビットコインを送金する際には、送受信者の氏名と住所を相手事業者に通知する義務が課された。つまり一度の送金で、送信元と受信先の両取引所のシステムに個人情報が共有される。これが三か所目だ。

送金先・金額・日時・氏名・住所。これだけの情報が、意識しないまま三か所に積み上がっていく。

「暗号資産」という名前が作る誤解

「暗号資産」という呼称が、この問題を見えにくくしている。

ビットコインの送金に暗号技術が使われているのは事実だ。しかしその暗号は、送金内容を第三者から隠すためではない。デジタル署名の正当性を保証し、取引の改ざんを防ぐためのものだ。ビットコインのブロックチェーンは公開台帳であり、誰でも全取引を閲覧できる設計になっている。

取引所のKYCと組み合わさった瞬間、ブロックチェーン上のアドレスは実名に変わる。過去の送金履歴も、未来の受け取りアドレスも、すべてが個人情報と紐づく可能性がある。

Signalはメッセージを守る。しかしお金の動きを守る機能は、取引所には存在しない。

Nostrが示す別の経路

この状況に対する技術的な回答として注目されているのが、Nostrというプロトコルだ。

Nostrは中央サーバーを持たない分散型の通信基盤で、特定の事業者が運営するプラットフォームとは根本的に異なる設計を持つ。ここで「Zap」と呼ばれる機能が重要になる。ZapはライトニングネットワークによるビットコインのP2P送金を、Nostr上のコミュニケーションと統合した仕組みだ。

KYCを経由していないライトニングチャネルを使ったZap送金は、取引所のデータベースに個人情報が紐づかない。改正犯収法が定めたトラベルルールは暗号資産交換業者間の送金を対象としており、非カストディのLNウォレット間の送金には直接の適用がない(ただし今後の法整備によって変わりうる)。

ビットコインを「使う」という行為において、Nostr+Zapの組み合わせは、取引所経由とはまったく異なる記録の残り方をする。

前提条件は秘密鍵の保有だ

しかし、この経路に入るには一つの条件がある。

非カストディのライトニングウォレットを運用するには、秘密鍵を自分で管理しなければならない。取引所のLN機能を使った場合、送金記録は取引所サーバーに残り続ける。取引所にビットコインを預けたままでは、Nostrが設計した「中央サーバーなし」という構造の恩恵を受けることができない。

Signalの設計思想とNostrの設計思想は共鳴している。しかしビットコインの送金でその恩恵を得るには、メッセージアプリのインストールとは比べ物にならない準備が必要だ。

まず鍵を手に持つ

第一歩は、取引所のビットコインを自分の秘密鍵で管理するウォレットに移すことだ。

ハードウォレットを入手し、シードフレーズを紙に記録し、実際に復元テストを完了する。この三手順を終えた人だけが、ライトニングウォレットの非カストディ運用へと進める。

会話を守ることと、送金を守ることは別の問題だ。Signalを使えば前者はできる。後者は、鍵が自分の手にあって初めて始まる。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。

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