資産の置き場所だけが命運を分けた|2001年コラリートとBTC管理権

2001年12月1日、深夜のアルゼンチン。翌朝、いつものようにATMに向かった市民が最初に気づいたのは、思うように現金が引き出せなくなっていることだった。

政府は前夜、コラリートと呼ばれる緊急令を静かに発動していた。銀行口座からの週あたりの引き出し上限を250ペソに制限する措置です。市民への告知は事後でした。窓口が開く朝になって初めて、制限が始まっていることを知った人がほとんどでした。この制限は、約1年にわたって続くことになります。

残高は見えていた。ただ引き出せなかった

口座の残高はゼロではありませんでした。資産が盗まれたわけでも、消えたわけでもありません。ただ、引き出しができなかっただけです。

週250ペソという上限は、当時のアルゼンチンの平均的な生活費に到底届かない金額でした。食料を買い、家賃を払い、子供の学費を準備する。こうした日常の支出を自分の口座から賄う自由が、12ヶ月のあいだ奪われました。十分な残高を持つ中間層も例外ではありませんでした。「お金がない」のではなく、「お金があるのに使えない」という状態に置かれたのです。

普通に生活できた人たちの共通点

一方、その1年間を普通に過ごした人たちがいます。自宅に現金を保管していた人、海外の口座に資産を分散させていた人です。彼らの生活は変わりませんでした。買い物も、送金も、ビジネスの支払いも通常通りに続けられました。

助かった人と動けなかった人を分けたのは、収入でも知識でも政治的立場でもありませんでした。資産が銀行の内側にあるか、外側にあるか。ただそれだけが命運を分けました。銀行を信じた人だけが、12ヶ月のあいだ、自分の資産を使えない状況に置かれたのです。

取引所のビットコインも同じ構造です

取引所にビットコインを保有している場合、秘密鍵を管理しているのは取引所です。あなたが持つのは、出金を申請する権利にすぎません。取引所の画面に表示された残高は確認できます。しかし、その数字を使える状態に変える経路は、自分では制御できません。

アルゼンチン政府が銀行口座を標的にしたように、取引所は国内の金融規制の枠組みの中に存在しています。規制当局の判断ひとつで出金が制限される可能性は、制度的に排除されていません。

コラリートが示した構造と、取引所に預けたビットコインの構造は変わりません。取引所が健全に運営されていても、国内で適法に事業をしていても、政府命令や緊急規制の前では引き出し制限が発動しうる状況があります。残高は正常に表示されたまま、出金だけが停止する。「残高がある」ことと「使える」こととは、別の状態なのです。

発令は深夜に行われた

コラリートの発令は深夜でした。市民が知ったのは翌朝で、その時点では対処できる選択肢はほとんど残っていませんでした。

助かった人たちが事前に危機を予測していたわけではありません。銀行が危ないと察知して、事前に引き出したわけでもありません。ただ、資産の一部を銀行の外に持つという構造を、平時から維持していた。その構造が結果として彼らを守りました。

取引所の出金停止も、同じように唐突に来ることがあります。週末や深夜に発表されることもある。その瞬間に動こうとしても、動ける手段は既に閉じています。2001年に発令を知って走った預金者が何もできなかったのと同じです。

今日が準備できる最後の機会かもしれない

取引所に全てのビットコインを預けたままにしておくことは、銀行システムの内側にのみ資産を置いていた2001年のアルゼンチン市民と同じ構造に、自分を置くことになります。

現金を自宅に置いていた人が特別に賢かったわけではありません。危機を予測していたわけでもありません。ただ、資産を自分の管理下に置くという選択を、静かな平時にしていた。それだけが違いでした。

ハードウォレットを用意して秘密鍵を自分で管理することは、危機の後にはできない行動です。コラリートの翌朝ではなく、今日が動けるタイミングです。取引所のビットコインを少しでも自分のウォレットに移しておくことを、静かな今日、検討してみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。

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