デフォルトのbc1pが意味すること|P2PKHとP2TRの量子リスク構造
あなたが今夜、取引所のアプリを開いてBTCの残高を確認する。数字は正しい。入出金履歴も問題ない。しかしその画面が教えてくれないことがある。あなたのBTCが、どのアドレス形式で管理されているか、だ。
その見えない差が、量子コンピュータ時代に向けた「標的かどうか」を左右する。
ハッシュが隠す鍵と、アドレスに刻まれた鍵
ビットコインには複数のアドレス形式があるが、量子リスクの観点では二つを対比して理解する必要がある。
P2PKH(Pay to Public Key Hash)は「1」で始まる旧来のアドレス形式だ。名前にある通り、アドレスに含まれるのは公開鍵をハッシュ化した値であり、公開鍵そのものではない。BTCをこのアドレスに受け取っても、公開鍵はブロックチェーン上に公開されない。量子コンピュータが将来標的にするのは楕円曲線暗号(ECDSA)の公開鍵だが、ハッシュ値から公開鍵を逆算することは現在の数学では不可能だ。受け取っただけで送金していないP2PKH UTXOは、量子攻撃が届きにくい構造を持つ。
2021年に有効化されたTaproot、すなわちP2TR(Pay to Taproot)は「bc1p」で始まるアドレスだ。P2PKHとの根本的な違いは、アドレスの構造にある。P2TRのアドレスにはSchnorr署名方式で変換された公開鍵が直接埋め込まれている。このためBTCをP2TRアドレスで受け取った瞬間から、関連する公開鍵はブロックチェーン上に刻まれ、世界中から参照可能な状態になる。「受け取るだけで量子攻撃の標的候補になる」とも言える構造だ。
現時点でP2TR UTXOが量子コンピュータによって実際に危険にさらされることはない。ECDSAを解読するには、現在の最先端量子コンピュータより何桁も多い量子ビット数が必要だ。問題は「今ではなく、将来いつか」というタイムラインの話であり、そのときに備えた選択肢が今あるかどうかが問われる。
取引所では、形式を見ることも変えることもできない
大手取引所は日常的に、ユーザーの資産を複数のアドレス間で移動させる。コールドストレージへの移送、内部での集約、ホットウォレットへの準備。その際に使われるアドレスがP2PKHなのかP2TRなのか、ユーザーには知らされない。セキュリティポリシーの名目で開示されないことが多く、残高照会画面にそのような情報が表示される仕組みもない。
仮にあなたが「P2PKH形式で保管されているか確認したい」と思っても、確認手段はない。「P2PKHに変えてほしい」と思っても、取引所のインターフェース上でそれを指定する方法はない。できるのは出金申請だけだ。しかしその申請が処理されるまでの間も、どの形式で管理されているか分からないまま時間が過ぎる。
量子リスクへの対応権限が自分の手にない、というのがここでの本質的な問題だ。
セルフカストディなら、今日から形式を選べる
ハードウォレットを使ってセルフカストディをしているなら、話は変わる。
Ledger、Trezor、Coldcardをはじめとする主要ハードウォレットは、アドレスタイプをユーザーが選択できる設計になっている。現在のほとんどのウォレットは利便性の観点からP2TRをデフォルトとして提案するが、設定を変更すればP2PKH(Legacy)やP2WPKH(ネイティブSegWit、bc1qで始まる)を使うこともできる。bc1qもP2PKHと同様、受け取り時点では公開鍵を露出しない構造を持つ。
どちらの形式が「正解か」は個人の判断による。P2TRには手数料効率とプライバシーの面で実質的なメリットがあり、量子コンピュータが実用的な脅威になるまでの時間軸もまだ定まっていない。ただ、重要なのは「選択肢があること」だ。セルフカストディなら今日から形式を確認し、必要なら変更できる。取引所に預けたままでは、その選択の機会は最初から存在しない。
アドレスを知ることが、備えの始まり
自分のBTCを守るということは、シードフレーズを紙に書くことだけではない。自分のBTCがどんな仕組みで保管されているかを把握し、必要に応じて調整できることも、セルフカストディの重要な部分だ。
使っているウォレットのアドレスを一度確認してほしい。「bc1p」で始まるなら、それはP2TRだ。Taprootの恩恵を受けている一方で、受け取った時点から公開鍵がブロックチェーン上に存在していることになる。それが将来どのようなリスクにつながるかを、今のうちに理解しておく価値はある。
取引所の残高画面には、この情報は出てこない。ハードウォレットの設定画面には、選択肢がある。その差が、量子時代への対応力の差でもある。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。
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